上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




「晴れた日に永遠が見える」 第一話











「ホーム・スウィート・ホーム」






青空がピンと冴えている。南向きにとった私の仕事部屋の窓からは、初夏の真新しい日の光がめいっぱいに差し込んできていた。徹夜明けの私の頭には、それがガンガンと響くのだけれど、「日中は出来るだけ日光に当たる」ことをモットーにしている私は決してカーテンを引いたりしない。
パソコンのキーを叩いて、私は本日何度目かのため息を吐いた。肩をまわして、眼鏡を一度はずして、目の辺りを揉む。
それでも頭がはっきりしなかったので、私は大きく伸びをした。私が「ううん」と唸るのに合わせたように椅子が軋む。
「お母さん」
その時、後ろから控えめな声がかけられて、私は振り向いた。仕事部屋の扉から、とても小柄な女の子がその小さな頭を覗かせている。
「かなた、どうしたの?」
私はその子の名前を呼ぶ。そして、おいで、という意思表示のために膝を叩いた。
するとかなたはすっ飛んできて、私の膝に乗った。その素直さに思わず笑みがこぼれる。
そして、かなたは私の目をじっと見ると、ぷっくらとした頬っぺたを嬉しそうに綻ばせてにこにこと笑った。暖かい国の海のようにその瞳はびっくりするほど澄んでいる。
その猫のような振る舞いとぴょこんと立った癖毛は、在りし日の誰かを思い出させた。思い出の中で、その誰かは振り返り、眠たげな澄んだ一対の眼差しを私に向けて、名前を呼ぶ。
――かがみ。
私が遠くへ行く前に、かなたが私の胸に寄りかかって言った。
「あのね、おなかすいたよ」
「あ」
仕事に夢中になっていて忘れていたが、もうお昼過ぎだった。
今日は友人も来るのに、すっかり失念していた。このままじゃご飯を食べている時にやって来そうだ――。
私はかなたの脇を抱え上げて床におろすと――小柄なところも親に似て、かなたはとても軽い――問いかけた。
「今日は何が食べたい?」
「オムライス!」
「うっ……」
料理が苦手な私にはいくつかの鬼門の料理が存在するのだが、オムライスはそのひとつだった。今だかつて私は卵で上手にチキンライスを包めたことがない。それでもかなたは気にしないのか、オムライスをよくせがんだ。そして『強者どもが夢の跡』と言わんばかりの、私の卵の破れたオムライスをいつも嬉しそうに食べるのだった。
かなたを育てるようになってもうすぐ二年になる。しかし、私が家事が苦手なのは相変わらずだった。少しずつ改善はしてきているものの、やはりそれらが得意なつかさなどには。とても見劣りするものだった。
高校時代はよくそれをからかわれたっけ――いや、高校時代だけでなく、大学時代にもからかわれた。
『柊は何でも出来るのに、料理はイマイチなんだな』
大学生の時に出会ったあいつも私の作った料理を目の前にして、そんな感想を漏らした。
――悪かったわね。
私が頬を膨らませると、かならず誰かがあいつと私の肩を叩いた。
『まま、そこがかがみの萌えポイントなのだよ』
その誰かはかなたそっくりの笑顔で、笑った。
「お母さん、おてつだいする?」
チキンライスを炒めている私のエプロンを、かなたが引っ張った。
「んー、もう出来るからいいわ。テーブルで待ってなさい」
そう言うと心なしか残念そうに頭の癖毛を萎れさせて、かなたはリビングのテーブルまで歩いていった。思わずその後姿を観察する。彼女は一生懸命両手で自分より大きい椅子を引くと、ひとりでその上に座った。
かなたも大きくなったな――背は相変わらず小さいけれど。二年前は椅子を引くことも出来なかったのに。少しずつ、時間は経っているのだ、と私は思った。
開け放った窓からは、新緑の香りがする風が吹き込んできていて、カーテンを揺らしている。
出来たオムライスは、やはり『強者どもが夢の跡』だった。
晴れた日に




この小さな柊家には、小さな決まりごとがいくつかある。揃って「いただきます」を言うこともそのひとつだった。
だから料理が運ばれてきても、かなたはじっと私が正面の席に座るのを待っていた。その表情には、お腹を減らして、すぐにでも食べたい気持ちを抑えていることが滲み出ていて、それでも我慢していい子に座っているのが微笑ましかった。
いじわるしたいわけじゃないので、私も手早く席に着く。
「遅くなってごめんね」
「ううん」
そして揃って、「いただきます」と言った。かなたはスプーンを持つと勢いよく食べ始めた。
かなたはスプーンの持ち方が不器用だ。一緒に暮らすようになる前からその持ちだったらしく、この家に来た時にはもうその持ち方だった。そして、いくら言ってもなかなかその癖は直らない。
暮らし始めたばかりの頃、かなり厳しく言って、かなたのその癖を直そうと思った時期があった。それはこれからは私が育てるのだから、きちんとしないと、と思っていたのだろう。それはその当時の――二十六歳の私になりに真剣に考えてのことだった。しかし厳しく躾けようとするほど、何故だか余計に悪くなるというか、逆にかなたは上手くご飯が食べれなくなっていったのだった。仕舞いには食卓に着くたびにかなたは泣きそうで、見ていられなくなったので、私はある程度のところで妥協してしまうことにした。現在のかなたのスプーンの持ち方は、厳密には正確な持ち方とは違うのだけれど、それでも握り箸のような最初の状態から考えれば、随分と行儀よい見た目になった。
『子供ってそういうところがあるよね。思い通りにいかないっていうか』
三年前に結婚して子供を生んだつかさは、私の悪戦苦闘をそんな風に言って笑った。膝で自分の子供を寝かせながら、つかさは余裕のある笑顔で『お母さんも子供も、百点満点じゃなくっていいんだよ』と言った。
そういうものだろうか、と思う。
綺麗にご飯を食べる子供に育って欲しいと思っていたけれど、口の周りを汚しながら、私の作った不細工なオムライスをめいっぱい頬張って食べるこの姿を無くすことは正しいこととは思えない。
なあ――あんただったら、どうしたかな?
かなたの顔を見ながら、そこにはいない誰かの面影に問いかける。
やっぱり元気に育ってくれるのが一番だって言ったかな。
――うん、きっとそうだ。
かなたはじっと見られていることに気づいたようで、大きな双眸を瞬かせた。
「なに?」
「おいしい?」
「うん」
ご飯粒をつけたぷっくらとした頬っぺたをほころばせて、かなたは笑った。
私もその不細工なオムライスに口をつけた。
――見た目は悪いけれど、味はまあまあよ。
かなたの向こうに見え隠れする、面影に向かって私は舌を出した。


永遠が見える。

illustration by マシマ







スポンサーサイト
Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。