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「晴れた日に永遠が見える」第四話










「アドレセンス」




「かがみは夢ってある?」
こなたがそんな青臭い質問をしてきたのは、まだ大学に入りたてで、気分は女子高生のそれと変わらない頃だった。
アパートの側にある水路は両脇が緑道になっていて、散歩するにはいい風情の場所だった。その日も植えられた桜から花びらがはらはらと舞い降り、水面をまだらの薄紅色に染めていた。
大学に入学して私が引っ越してきたアパートは、偶然にもこなたの通うことになった大学の近くだった。いや完全な偶然ではない。今だから言えるが、こなたの大学は新居を決めるときの視野に入っていた。その頃は単純に生活圏が近かったらたくさん遊べて楽しいだろうな、と思っていただけだったけれど。
まさかその気軽に選んだアパートが、その後の私たちの生活の舞台の、重要な拠点になるとはその時は思っていなかった。
こなたは「ちょっと遠いけれど、大学から歩いてこれる距離だね。終電逃したりしたら泊めてね」なんて言って、私はそれに「いいけれど寝るときは床だからな。こなたの為に敷く布団はウチにはないから」なんて言ったりして。「そりゃないよかがみ」、と言うこなたも楽しそうだった。
つかさは都内の調理師の専門学校に、みゆきは少し離れた場所の医学部に進学して、私たち四人の進路はばらばらになった。
だから、少しでも近いのは嬉しかったんだと思う。私もこなたも。
四月の始まり。
天気がいいから、町の探検もかねて、散歩をしようということになった。二人で小さな橋の上に立って、その水路を覗き込んだ。水は緑色で、その中に何が泳いでいるのかはさっぱりわからなかった。
でもぽかぽかとした日差しが温かくて気持ちよくて、私とこなたはぼんやりと欄干にもたれかかりながら、水路を花びらが揺れて流れていくのを眺めていた。
――まだ十八歳の頃。
私とこなたの関係は高校時代と同じだった。そこにみゆきとつかさがいないのは、二人にとって寂しいことだったけれど、こなたが近くいるならきっとこれからの生活も楽しいものになると思った。
「かがみはサークルとか入った?」
「んー、どれも何だかピンとこなくって。高校時代も結局何もしなかったし…。クラスで結構仲のいい子も出来てるし、無理に入らなくてもいいかと思ってるけれど」
「んー、そっか」
「こなたは?」
「んー、大方の予想通りアニ研入ってみました」
「あんたらしいわね。どう?」
「結構面白いよ。先輩とかみんな親切だし」
こなたは大きく伸びをした。そして思い出したようにこちらを向いた。
「あ、でもそういえば変な子が一人いる」
「へえ、あんたより?」
「んー、かがみんは私のことを一体どう思ってるのかな?」
「まあ一応言うべき台詞かなと思って」
「うむ、かがみんはよくわかってる人だね」
「で、どう変な子なのよ」
そう言うと、こなたはその澄んだ瞳を空へと向けた。
「うん、サークル入ったのに誰とも喋らないの。同じ学年なんだけれど」
「人見知りが激しいだけじゃない?」
「そうなのかな。いつも本開いて、コミュニケーション拒絶してる感じなんだけれど」
「そういうキャラ作りなのかな?」とこなたは頭を傾けた。私は頬杖をついた。
「まあキャラ作りなんだとしても、それじゃ何のためにサークルに入ったかわからないわね」
「うん、私もそう思う。大学って何だかいろんな人がいるよ……」
アドレセンス

それから日下部の話になった。
日下部は学科は違うけれどこなたと同じ学部で、やっぱり同じ高校のよしみもあって仲良くしているらしい。
「みさきちもかがみんのアパート来る?」
「あー、こないだ来たわね」
「むむ……誰があの家の主人なのかきちんと言ってきかせないと駄目だね」
「ちょっと待て、家の主人は私だぞ?」
「いやいや、かがみんは俺の嫁!」
「誰が嫁か!」
つかさとみゆきはいなかったけれど、それは高校時代のままの空気だった。くすぐったいほど楽しくて、何の変哲も無い私たちの時間だった。
そして、こなたは聞いてきたのだ。
「かがみは夢ってある?」
こなたは急に真面目な顔になったので私は少し驚いた。
「何よ急に」
「かがみは前は弁護士になるって言ってたじゃん」
「うん」
「今はどう思ってるのかな?って思ってさ」
頬杖をついたまま、私はぼんやり春に霞んだ空を眺めた。
ほんの一ヶ月ほど前の話だ。私は第一希望の法学部に落ちた。そして滑り止めで受けた同じ大学の文学部に合格した。それなりに名前のある大学で、文学部であってもすごい、と周りは言ってくれたのだけれど、私はやはりショックを隠し切れなかった。あんなに勉強していたのに。十八年間で培ってきたプライドがじくじく痛んだ。
そして浪人するかしないか、悩んだ。滑り止めになんか入らず、もう一年勉強して、最初の目的の法学部に入るべきではないのか。
そんな時、まつり姉さんが言ったのだ。
『かがみは英語が得意なんだから、英語勉強すればいいじゃない』
その大学は外国語教育でも有名な大学だった。そして私はうろたえた。
それはとても魅力的なことに聞こえたからだ。
そして、私はわからなくなったのだ。
「何で弁護士になりたかったんだろう、って」
私はこなたにそのまま言った。
「勉強は得意な方だったし、いい職につけたらいいなと思っていたのはあるのよ」
「ふむふむ」
「恥ずかしいんだけれど……困っている人を助けたいとも思ってた」
「そっか」
「だけれど、その時違う道もあるかもしれないって思ったのよ。あーもう、こんな恥ずかしいこと言わせるなよ」
「あは、ゴメン」
こなたはそれを聞くと、「そっかそっか」と言って欄干に身体を預けた。桜の花びらがひらりと落ちてきて、こなたの頭に乗る。「頭払えば?」と言おうかと思ったけれど、こなたに桜が積もってるのは妙に似合っていたので何も言わないことにした。
「そういうあんたはどうなのよ」
「私? わかんない…だからかがみに聞いたんだよ」
風が吹いて、ざああ、と桜吹雪が舞った。
こなたの家の近くの権現堂の桜を思い出す。あそこほど凄くはないけれど、桜が咲くというのはそれだけで圧倒的な何かを感じる。下には死体が埋まってるなんてよく聞いたりもするけれど。
青い葉が混じってきているけれど、私の新しい家の側の桜たちも堂々と四月の空に花びらを広げていた。
「何となく、思うものはあるんだけれどね」
「へぇ、何よ」
「内緒」
こなたはスプリングコートの裾を翻して、走り出した。慌てて追いかける。
「ちょっ、それは不公平じゃない? こっちは恥ずかしいの我慢して言ったのに」
緑道をこなたが軽やかに走っていく。距離が開かないところから、手加減をしてくれているのがわかった。私が追いかけられるようにスピードを緩めながら、こなたは進んでいく。
木漏れ日のかけらがきらきら落ちる緑の中で、こなたが振り返った。
「じゃあ、かがみが新しい夢を見つけたら、教えてあげるよ」
そして、何の屈託のかけらも無い笑顔で笑った。








illustration by マシマ












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