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「晴れた日に永遠が見える」第五話














「初夏」







こなたの口から『ノルウェイ』という言葉が出てきたのは、大学に入って初めて訪れた、夏の始めのことだった。
「ノルウェイ?」
私は思わず聞き返した。
こなたは別の方向を見ていた。
薄くなった服、ヒールの細いサンダル。汗をかいたソーダが作る机の上の小さな水溜り。
十九歳になったばかりの私たちは、夏の期待に任せるままに日々を謳歌していた。
『大学生』という新しい洋服がやっと肌になじんできた頃合。夏休みが始まる少し前に、こなたと日下部が「一度ウチの大学を見に来たらいい」と言ってきた。
「折角近いんだからさ、ね、決まり」
こなたは酷く嬉しそうで、私を置いて日下部と日取りの相談をしはじめた。
汗かいたソーダ
そんな彼女たちに「しょうがないわね」なんていいながら、実のところ、その申し出は嬉しかった。いくら近いとはいえ、自分だけ違う大学なので、普段の生活空間は違う。だからそれを――自分たちのテリトリーを紹介されるというのは、その中に自分の居場所を作ってもらえたような気がして、嬉しかったのだ。だからこそ、素直にうなずけなかったのだけれど。今でこそ少し緩和されたものの、当時の私はこなたに『ツンデレ』と言われても仕方の無い女の子だったのだ。
そして、ある日の土曜日にそれは決行された。入道雲が空に立体感を作る、青の眩しい空の日だった。
私は夏に向けて買ったお気に入りのサンダルを突っかけて、彼女たちの大学にやってきた。こなたはお決まりのTシャツ姿で、日下部は渋みのある風合いのダメージジーンズを穿いていた。
「今日は頼むわね」
「おー」
「まかせときたまへー」
なんて言いながら、彼女たちは軽く構内を案内しただけで「暑い」「疲れた」と、十五分もしないうちに敷地内にあるカフェに私を引っ張り込んだ。
「ちょっと案内はどうしたのよ」
「あーどうせ狭いから見るもんないし」
「なー大したもんないしな」
「だったら何故呼ぶ!?」
そう言うと、二人は目を細くして同時に、あっはっは、と笑った。元々性格の波長は合うだろうなーと思っていた二人だけれど、こなたと日下部は短い期間でかなり打ち解けていた。そのことは私からすれば、何となく複雑で、何となく楽しい反面、頭痛の種はしっかり二倍になった感じだった。こなたと日下部は二人でいると場が盛り上がって楽しいのだけれど、だらしないところやいい加減なところは二倍になる。そんな二人に、切れた回数は両手の指に収まらない。少し思い出すだけで、額を押さえたくなるような思い出がありありと出てくる。
まぁ、そんなことを言っても。
楽しかったんだけれど。今考えても。
その時の私も、二人が普段過ごしている場所に自分もいるというのは悪くない気持ちで、突っ込みもそこそこに飲み物を口にしていた。
冷たいソーダが喉を通り抜けていく。その心地よい感覚にため息を吐いた。
そして、その時。
こなたが急に目を丸くして、自分の正面に座る私の向こうを見て言ったのだった。
「あー、ノルウェイ君じゃん」
それは国の名前だった。
確か北欧の細長い国。通常なら『ノルウェー』という人が多いと思うのだけれど、その時こなたは『ノルウェイ』と言った。
「ノルウェイ?」
「おーい、ノルウェイ君!」
私の問いを無視して、こなたは『ノルウェイ』に呼びかけた。
君、ということで『ノルウェイ』というのがどうやら人らしいことはわかった。あんまりこなたが呼ぶので、私も思わず振り返ってみる。
こなたの視線の先。
花壇の植え込みの前に本を手にした痩せ気味の男の子が立っていた。髪は襟足は短いけれど、前は長い。
一目であんまり他人とコミュニケーションをとりたがらないタイプの男の子だと分かった。
日下部は彼のことを知っていたらしい。彼の姿を見るとちょっと眉根を寄せて言った。
「ちびっこ、あいつと親しいの?」
「親しいって言うか同じサークルで…おーい!」
こなたは尚も呼び続けた。すると『ノルウェイ』と呼ばれた彼は、首を傾げて私たちのほうにやってきた。
(うわ、こっち来た)
私は内心で慌てた。大学に入り、高校時代に比べて男性ともそれなりに会話するようになったけれど。全く知らない、それも人見知りの激しそうな男の子といきなり会話するなんてことは、それまでの人生のデータスペースの中に無かった。
ノルウェイと呼ばれた彼は私たちの机の横に立つと、真っ直ぐこなたを見た。側で見ると意外と背が高い。
「何? 泉」
表情と同じように無愛想な声だった。なんとなく出会った頃のみなみちゃんを思い出す。
「いやぁ、私の友達を紹介しようと思ってね。ハーレムものには興味ある? ロリキャラ、ツンデレ、バカキャラとそろっているよ~」
「おい、そのバカキャラってあたしのことか…?」
日下部が面白くなさそうな表情でストローを咥えている。
『ノルウェイ』という青年
ノルウェイと呼ばれた彼は「ふむ」と言った後で、真顔で言った。
「萌えは三次元には存在しないと思っているんだ」
私は彼にばれないようにげんなりした。同じサークルというから、何となく予想はしていたけれど彼はこなたと同類のようだった。
しかし、こなたはそれも心得たといわんばかりの様子で手を振った。
「まあまあ、そう言わず。現実の女子も悪くないのだよ? ねえかがみん?」
「はあ?」
いきなり振られて、変な声が出る。こなたが指し示したので、『ノルウェイ』とやらもこっちを見た。
そこで初めて目が合った。その色に少しだけはっとなった。
目の形は全然違うけれど、こなたと似ている、と思ったのだ。
その時は滲み出るオタク気質というものなのだと思ったけれど、後になって私はそれだけではないということを知った。
「どうも…」
私が挨拶をすると彼も「どうも」と言った。そして彼はまたこなたに向き合う。
「話はそれだけ?」
その無愛想な物言いは、コミュニケーションを拒絶した響きに聞こえた。何だその態度、と少し私はムッとなった。
しかしこなたは全く気にした様子もなく、
「うん。私の友達を紹介したくてね。もう行っていいよ、ありがとー」
と、あっさり彼を解放して手を振った。
彼は私と日下部に向かって頭を軽く動かすと、後は振り返りもせず歩いていった。あの動きはなんだったんだろう、ああ、挨拶だったのか、と考えが及ぶまで、少しの時間が必要だった。
「何だったのよ」
「言ってのとおりだよ。彼が『ノルウェイ君』」
「そうじゃなくって、っていうかノルウェイは名前じゃないだろ」
「ああ、本名は何だったかな…」
こなたは少しの時間を使って彼の名前を思い出して言った。それは、ふぅん、としか言いようが無い、ごく普通の名前だった。
しかし結局私たちは最後まで一度も彼を名前で呼ぶことは無かった。
「無愛想な奴だなー」
日下部はストローをグラスに戻して、そして『ノルウェイ』とやらが去っていった方を指でさして言った。
「あれ、怒ってんの?」
「や、怒ってるわけじゃないんだよー」
こなたは笑った。
「ふぅん。学科一緒だから、顔知ってるけど、喋ってるところ初めて見た」
日下部はどこか面白くなさそうな顔をして、ジュースをすする。
そこで私は、彼がこなたがこの間言っていた、サークルで浮いている人物なのかもしれないと思った。
「いやぁ、あれで喋るとなかなか面白いんだよ」
「へぇー」
そんなことを言われると、何だか怪しいなと思ってしまう。私はにやにや笑った。
「何ー、こなたああいうのが好みかー?」
「へ?」
そう言われると、こなたはきょとんと目を丸くした。
そんなこなたの表情は珍しくて、私の方が驚いてしまった。
「考えたことなかったよ」
こなたは心底驚いたような顔をして頭を掻いた。その表情から今初めて考えたんだと言うことがわかった。私がつついたことによって、こなたは初めてそんなことを考えたのだ。
私はそれに何だかむずむずするような気持ちになった。上手く言えないんだけれど、何だか『覆水盆に返らず』というような。
そして私は、少しだけ、そんなことを言わなければよかったと思った。

夏の始まり。
あの頃、私たちはまだまだ何も知らない子供だったのだ。








illustration by マシマ











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